|
|
HATRED ANGEL HISTORY
1999年 誕生 当時の平均テンポ=150
X-JAPANに憧れNob(g)とKazuma(ds)が兄弟でバンドをやり始める。音楽は激しくメロディアスなハードロックだった。Xの影響でDrumsはツーバスセットで速いリズムを叩き、ギターは歪んだ音で早弾きするものだと勘違いする。とりあえず、速い曲は全部いい曲。そしてなんと二人とも中学生だった当時から曲はオリジナルをやっていた。曲のレベルがカスだったのはいうまでもない。ただ、毎日楽しくて3--6時間やっている日もあった。
|
2000年 アンチョコ結成 平均テンポ=160
高校に進学したNobは同じ軽音部に所属するTassy(v)とSatoru(b)をメンバーにいれNob(v/g),Kazuma(Ds),Tassy(g),Satoru(b)というラインナップでアンチョコというクソメタルバンドを結成する。バンドのクオリティがクソレベルだったということで別にスカトロメタルをやっていたわけではない。曲は中学生当時に作られたメロディックハードロックをプレイ。楽器屋主催のオーディションを受けたり、初めて岐阜県中津川ブレスでライブをしたりした。そのときはライブのあまりの音の大きさに驚きウンコをもらしそうになる。危機一髪でこらえるが危うく本物のスカトロメタルになるところだった。
|
2001年--2002年初頭 ARCH ANGEL誕生 平均テンポ=175
バンドの音楽性や方向性について話し合ったところ、メンバーの中でまとまったことはよりメロディアスに、そしてもっと速くだった。新メンバーRyo(v)が加わりメンバーはNob(g),Kazuma(ds),Tassy(g),Satoru(b),Ryo(v)となりアンチョコというバンド名はあまりに意味がなさ過ぎるのでARCH ANGELに改名する。しかし音楽性の相違によりRyo(v)が間もなく脱退してしまう。このあとはTassyがVocalも兼任する。当時はまっていた音楽はセックスマシンガンズ。彼らの勢いあるプレイにも影響され、マシンガンズの曲もライブでカバーしていた。だが2002年の初頭に同じく音楽性の相違によりSatoru(b)が脱退してしまう。代わりにKazumaの友人であるSatoshiがBassで加入する。メンバーはNob(g),Kazuma(ds),Tassy(v/g),Satoshi(b)。
|
2002年中頃 初レコーディング、しかしバンド崩壊気味へ
中津川ブレスにてARCH ANGEL初の5曲入りミニアルバムをレコーディングする。技術のなさも手伝い初レコーディングは大苦戦するもなんとか終了。自分たちのCDに感激する。高校の文化祭やあちこちのライブも参加していたが元からRyo,Satoruと仲が良かったTassyもなだれ式にバンドを抜けてしまう。このあとはNob(v/g),Kazuma(b),Satoshi(b)というラインナップで活動していたがもとから歌が得意ではないNobはこの方向で続けていくことに納得できなかった。そして、活動も停滞気味になりSatoshi(b)脱退。何人かためしたがしっくりくるメンバーは誰もいなかった。
|
2002年秋 ARCH ENEMYとの出会い
この頃からリスナー方面に転向気味だったNobとKazuma。いまだに速い曲はいい曲論をもっている二人は、競い合うように速い曲をプレイしているバンドのCDを買いあって『俺の買ってきたこのSLAYERの方が速いぜ!』『バカが!俺が持ってるAt the gatesの方がどう聴いても速いだろうが!』という会話が毎日のお決まりだった。全くバカ極まりない二人であった。
そんなある晩、実家暮らしで自分のテレビなど持っていないNobがお茶の間にあるテレビでこっそり深夜のエロ番組を録画する。翌日、それを楽しみにジェット機のようにものすごいスピードで帰ってきて早速音量をゼロにして楽しんでいると、なんとCMでARCH ENEMYの長野公演の宣伝が流れる。激しい楽曲に最高に美しいメロディ、なんてすごいバンドなんだ、その瞬間に性欲も溢れんばかりのメタルアドレナリンに押し流され、翌日CDを購入。その翌日にはなんとライブのチケットまで取ってしまうという素早い行動であった。この速さはエロ番組みたさに帰ってくるスピードの比ではなかった。
|
2002年秋 HATRED ANGEL結成 平均テンポ=220
こうしてメタルの漬物になっていたNobとKazumaはデスメタルとして活動していくことを決意。メンバーはNobの昔からの親友Taito(b)と普通の歌は音程が取れないため一切歌えず、メタル以外の曲は音楽じゃないと言い切るまさにデスメタルを歌うために生まれてきた男Gettyu(v)が加入し、バンド名もアークエンジェルは優しい天使だからバンドのイメージに合わないということでNobがHATRED ANGEL(憎しみの天使)と命名。読み方はヘイトリッド エンジェル。記念すべき第一曲目はライブでお馴染み、あのScape goatである。これであちこちのライブにも参加し活動していたがTaito(b)が突然音信不通になりバンドから脱退。しかしライブは決まっていたのでBasslessの3ピースバンドでライブを続行する。このとき櫻田さん率いるJUNXIONとも対バンする。そしてJUNXIONとの対バン時に見にきていたManabu(b)がこのあとBassとして加入する。
|
2003--2004年 精力的に活動、Gettyu脱退へ
長野県内、岐阜県中津川ブレスを中心に精力的にライブ活動を行う。練習も本格的にするようになったが、2004年で高校卒業となるGettyuが進学を理由にバンドを脱退してしまう。このあとはVoを加入させず、Manabu(B)がVoを引き継ぐ。
|
2005年 DEFILEDとの出会い、Manabu脱退へ
2005年 1stCD-R「On The Throne Of Blasphemy」発売。夏、長野市にDEFILEDがやってくるのでイベンターに猛烈プッシュしなんと前座をやらせてもらう。この日はDEFILEDの熱いプレイに酔いリーダーの住田さんとも連絡先交換をする。今後も勢いよく活動していきたいところだったがManabu(v/b)が名古屋の学校に進学したので、なかなか練習やライブの活動がうまくかみ合わなかった。そして、このころからManabuはバンドの方向性に関して個人的に迷うところがあったらしい。そうして話し合いの結果、目指す音楽の違いによりManabu脱退。
|
2006年 Kazuma脱退
バンドにとってとても重要な役割を果たしていたManabuが脱退。また二人となったNobとKazumaはようやく県内での活動に限界を感じ、漠然と来年上京を考え始める。そして行くなら名刺代わりにアルバムを作っていこう、と全10曲『I don’t wanna die… 』のレコーディングに着手する。11月に釣竿以外は握ったことのない末弟YoshihiruにBassを強制的にやらせ、名古屋でのヤングギターのオーディションを受ける。結果はだめだったが嘘でも編集長の『出るとこでたら絶対受けるよ!だからがんばりな!』という言葉が胸に残る。しかし、目に見える結果がないとがんばれないKazumaはやる気をなくし12月にドラムをやめてしまう。Nobが必死に説得するが他にたくさん楽しみをみつけたKazumaが再びスティックを握ることはなかった。
|
2007年3月 Nob単独上京,HATRED ANGEL再始動 平均テンポ=235
泣く泣く保育士もやめたNob(g/v)は単身東京へ移り住む。『I don' t wanna die… 』も完成。あちこちで配って歩くが予想通りメンバー探しは困難を極め、数多くのライブハウスに顔を出したが結局誰一人みつからず、やはりあいつしかいないと地元長野で遊んでいるKazumaをしつこく説得する。そして半年振りについにやる気を出し8月にNaomi(b)と共に上京。Naomiは近所に住む昔からHATRED ANGELを知る友達でよくローディをやってくれていた。ずっとそばで見てきたのでバンドの中もとても知っている。
|
|